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さよひめ戦記535 007 [小説2]

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部下の報告を聞き、忌ま忌ましげにつぶやいたのがその男。物部荒梛。
物部一族は古くからの豪族で、倭王権が確立する以前には畿内に王朝に近い勢力を築き上げていた。
倭の王族の支配下に入ってからも重要な役割を果たして来ている。
その実力は倭に従軍していた大伴一族や移民による新興勢力の蘇我一族よりも勝っている。
物部一族が耶麻人王の反乱軍に積極的な参加を決めたのもそういう背景があった。

大伴や蘇我を耶麻人大王との同盟に応じさせて、耶麻人軍団ともいえる強力な勢力を出現させる仕掛け人にもなった。
耶麻人王朝がこの列島を制圧したとき、ナンバー・ツーの座は彼ら物部一族に約束されていたのである。

ところが一族の指導者である物部麁鹿火の戦死により狂いが生じた。
後継者が無能だったのである。

麁鹿火の一子荒鉾(アラホコ)は占領した築道の地で暴政を行った。
降伏した者たちを虐殺し、村落を焼き払った。
占領地は不具となった者、家を失った者の呻きと恨みで満ちた。
誰よりもこの苛酷な占領政策に恐怖を覚えたのは倭の大王家の降伏者たちだった。
火王や豊王が運動し、耶麻人大王はついに占領司令官の交替にふみきった。
即ち、物部荒鉾の解任と大伴軍団の派遣である。
その結果筑道の宮では狭手彦の兄、大伴磐彦が新たな司令官として耶麻人軍の統率と占領地の新秩序の確立を図ることとなった。
当然、物部一族には不満が残ったが、それを露呈するだけの実力が荒鉾にはなかった。 
その結果、大伴一族と物部一族のひそかな対立が始まったのである。

荒梛(アラナギ)はその荒鉾の弟だ。彼はその吊り上がった細い目を見開き、誰にともなくつぶやいた。
「大伴は何かを嗅ぎ付けたか」
「いえ、そうとは思えませぬ」
答えたのは女だった。黒い衣を身にまとい、どこか不気味な気配を漂わせている。
「大伴は所詮は新参者。この地の秘密などには気付くすべもありませぬ」
「では、なぜここへ」
「おそらく、古の例にならって戦の吉凶を占うためにかと」
「なるほど、しかし、・・・それならば惜しい」
「なにがでございますか」
「あれが見つかっておれば大伴の小伜に痛い思いもさせてやれように」
荒梛はでっぷりとした体をいらだたしげに揺すった。
「ご安心を。さして広い山でもありませぬ一族の者がまもなく戻るでしょう」
「鬼子(オンコ)よ。確かであろうな」
「遅くとも明日の夜までには」
鬼子と呼ばれた女は目に怪しい光をためて荒梛を見つめた。
彼女は物部の支族である采女部の者で巫女の一人であった。
大伴は単に倭王権の軍事集団であったが、物部はかってはこの島の支配者であり、軍事力の他にもその内部に独自の生産体系や信仰をもっている。
その中には倭王朝にも知られていないいくつかの秘密がある。
その隠された知識を基に彼らはこの地で何かを探索しているらしい。
「しかし、あの憎い顔を見て、何もせずにいるのも腹が立つぞ」
「今宵は歓迎の宴があるはず」
采女部鬼子は静かに告げる。
「毒などを試してみてはいかがでしょう」
「毒か」
荒梛はしばらく考え、頷いた。
「毒は何を使う」
「魚の毒を」
「河豚か」
荒梛の顔に残忍な笑みが浮かんだ。
そこへ篠原の村の女がやってきて宴への呼びかけをしたので一同は立ち上がり、荒梛を先頭に外へ出る。
すでに夕闇は深く、空には星が出ていた。

狭手彦たちの一行は村の入り口にさしかかっていた。
篠原の長と馬をならべて話を交わしながらの道行で狭手彦はこの初老の男とすっかり打ち解けている。
しかしわずかに狭手彦の表情は曇っていた。
「すると、吾よりも先に物部のものが村に来ていると」
「荒梛様は戦の終わりより、しばしばこの村を訪れなさる」
「長様は物部と大伴のことをご存じか」
「宮の長を交替なされたことを・・・でございますか」
「うむ・・・」
「物部様のやり様は、敵の片腕を落とし、両目をつぶすとか」
「耶麻人の大王はそのことで胸を痛め、吾の兄を遣わしたのだが、物部はそのことを忌ま忌ましく思っている」
それまで黙って聞いていた稚室が背後から口を挟んだ。
「狭手彦よ。話過ぎではないか」
部外者に内情を漏らし過ぎているというのだ。狭手彦は振り返り幽かに笑いながら言った。
「村長様に事情を言っておいた方が、もしも何かあったときに話が早い」
村長が淡々とした口調で言う。
「篠原の村は争いを好みません」
「迷惑にならぬように気をつけよう」
目の前に火の明かりが見え、狭手彦たちは村に入ったことを知った。
「これは大きな村だな」
狭手彦は思わず口に出して言った。
「篠原は末羅の神の村ですから」
吉士文人が解説する。
「そして末羅の神は大きな神なのです」
「大きな神?」
「そうです。築道の国も、火の国も、豊の国も、そして球磨の国も統べる大神があったと聞きます」
「その神の名は」
「天照日神子様です」
「すると影見の山はその魂の宿るお山か」
「おそらく」
「篠原の長よ、文人の申すことは」
長は馬から降りて答えた。
「文人様は古を良く知るお人でございますな。村に伝わる言の葉はその通りかと・・・」
「なるほど」
狭手彦は文人の博識を頼もしく思いながら、愛馬白龍を降りた。
篠原の出迎えの者の指図で馬たちが移動し、剣を帯びた狭手彦たちは広場へ案内される。
「ささやかな宴に」と篠原の長が誘い、狭手彦は礼をして招かれた。
すでに広場には火が焚かれ、様々な食の器が並べられていた。
そして多くの村の人々が集っている。
そこに物部荒梛の顔を発見した狭手彦は心の中で舌打ちしながら挨拶に赴く。
荒梛は目上の者であるから狭手彦一行は跪いて先に発声する。
「物部麁鹿火様の血を伝える方よ。河内の宮からはるか遠いこの地にいたり、お目にかかれて幸です」

つづき→http://kid-blog.blog.so-net.ne.jp/2010-05-26
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