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さよひめ戦記535 008 [小説2]

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荒梛は微かに笑い、小さく頭を下げた。

「大伴の若き戦の君よ、汝の名は耳にする。その腕は海の外にもふるわれるだろう」

感情の無い言葉のやりとりがあり、狭手彦は用意された席についた。

長が短く神への祈りを言葉にすると静かに宴が開始された。

やがて酒が出て、音楽が始まる。

「よい楽師がいますね」

横に座った長に狭手彦は率直に言った。

「村の者は歌と舞が好きで、皆、楽器を習います」

打楽器と弦楽器が止み、笛の音が高らかに響き渡る。

狭手彦は心に和みを感じていた。

部下の者たちも村人と酒を酌み交わしている。

ただ忠義ものの佐伯部角だけが時折、周囲を窺っていた。

女に弱い従兄弟の稚室はすでに赤い顔で村の女を抱き込んでいた。

新しい料理が運ばれて来たので、手を伸ばそうとした狭手彦はふと物部荒梛と視線を合わせた。

荒梛は狭手彦に気付かぬふりで目をそらせたが、何やら不自然だった。

不審に思いながらも狭手彦が料理の入った器を引き寄せようとした刹那、その器がするりと地を滑った。

狭手彦は目を疑い、器を見据えた。

すると器はわずかに揺らぎ、そして鼠のようにするすると走り出した。

かなりの速度で人々の間を巧に擦り抜けた器は広場の外の暗闇にあっと言う間に姿を消した。

「どうかなさいましたか」

呆然としていた狭手彦は長の声で我を取り戻した。

「いや」

狭手彦はそっと周囲を見回した。

宴の人々はその出来事に気付かぬようにそれぞれ盛り上がっている。

佐伯部角さえもが村の若者と話に興じていた。

ただ荒梛だけが魂を抜かれたような顔をしていた。

その目は器の去った方向に見開かれている。

「気分が悪いのでは」

長は心配そうに声をかける。狭手彦はようやく答えた。

「何でもありません」

「それは良かった。宴の後で姫様とお会いいただきたいので」

「姫様というと」

「末羅の姫様です」

「末羅の国に王は無いと聞いたが」

「確かに」

「それで姫様とは」

「倭の国の王族はこの国にありません。それはこの国が倭の国土にはならなかったからです」

「なんと。それではこの国は倭の属国ではないと言われるのか」

「古の倭の札王の時代から」

「するとその姫様というのは」

「天照日神子様の末裔で小夜姫様と申されます」

「神の末裔‥‥‥」
  
絶句する狭手彦の後ろから会話に割り込む者がある。

「では先ほどの怪しい出来事は神様の悪戯ですか?」

後ろから声をかけられ狭手彦が振り向くとそこには吉士文人が控えていた。

「汝もあれを見たか」

「見ました」

長は何か思い当たったような顔で尋ねた。

「なにかおかしなことがありましたか」

「土の器が走っていった」

その器は暗闇の中に立つ蜻蛉の手に乗せられていた。

その器を覗きこんで蜻蛉は傍らの小夜姫に告げる。

「イクサノキミめ、驚いていましたね」

「蜻蛉よ、それを食べてだめよ」

「え」

「その煮物には毒が入っている」

「本当ですか」

「汝の兄様が知らせてきたのです」

「誰がそんなことを」

「先に来た客人の一族のものが」

「だって味方同士でしょ」

「いいえ。とにかくそれをどこかに捨てておいで。

先に小屋に戻っています。まもなくあの将軍を長様が案内してくるから」

そう言って小夜姫は自分の小屋へと歩き出した。

つづき→http://kid-blog.blog.so-net.ne.jp/2013-03-28
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